核物質の核特性と相転移
核物質を内包する核兵器の安全管理においては、核物質そのものの特性も重要な要素となります。核物質は放射性物質であるがために、時間とともにその量が減っていく事になります。またウランやプルトニウムといった核物質は非常に原子量の多い元素であり、中でも「アクチノイド」という分類に属する物質です。私たちの身の回りに存在する物質と比較して、こうした核物質は特異な性質を持つものでもあります。核物質が持つ性質を詳細に解き明かすことは、核物質をより安全に取り扱い、安全な原子力エネルギー利用を実現するために必要不可欠なことなのです。
核特性
核分裂性物質は外部からの中性子を吸収した際に核分裂を引き起こすことのできる物質です。核分裂性物質として分類されない物質でも、トリウムよりも重い元素であれば外部からの中性子の入射によって核分裂を引き起こすことはできます。しかしその確率が低い(核分裂しにくい)ものであったり、エネルギーの高い中性子(高速中性子)でなければ核分裂できないといったものが多く、核分裂性物質として中性子のエネルギーに依存せず核分裂を引き起こせる物質は少ないのです。
ウランやプルトニウムといった核分裂性物質は外部からの中性子のエネルギーによって核分裂の引き起こしやすさ(反応断面積)が変化します。核分裂性物質の原子核に中性子が衝突するとき、その中性子のエネルギーが小さいほど、核分裂を引き起こしやすくなります。原子核が核分裂を起こすと、2つ程の核分裂片(核分裂生成物)と一緒に中性子が2~3個放出されますが、この中性子はエネルギーが大きいため、そのままでは次の核分裂を起こしにくい状態にあります。そのため、原子力発電所などで一般的に利用されている軽水炉などでは、水を使って中性子を減速させ、核分裂を起こしやすくしています。こうした中性子のスピードを落とすための「減速材」を用いて核分裂の連鎖反応を維持して運転するタイプの原子炉は「熱中性子炉」と呼ばれます。
中性子のエネルギーを落として核分裂の連鎖反応を維持する熱中性子炉に対して、核分裂で生じた中性子のエネルギーを落とさずに核分裂の連鎖反応を維持するタイプの原子炉を「高速中性子炉」と呼んでいます。このタイプの原子炉は冷却に用いる冷却材にナトリウムなどを用いており、各種の高速増殖炉などで利用されています。高速増殖炉ではプルトニウムを核燃料としつつ、そのプルトニウムが核分裂する確率よりも、ウランが中性子を吸収してプルトニウムに変化する確率が高くなることで、核燃料を使った以上に新しく作り出すことのできる原子炉です。
なお核兵器においては、起爆する際には核分裂の連鎖反応を瞬間的に一気に引き起こす「即発臨界状態」とします。この時、核分裂で発生したスピードの速い高速中性子を、遅い熱中性子に変える「減速」を行えば、核分裂の起こりやすさを表す「核分裂反応断面積」が大きくなり、そのぶん使用する核物質の量は少なくできます。しかしその一方で中性子の減速を行うと核分裂で発生した中性子が次の核分裂を起こすまでの時間を示す「世代時間」が長くなってしまいます。これは爆縮された瞬間という極めて短い時間では無視できず、十分な量の核分裂の連鎖反応を引き起こせなくなってしまいます。
つまり、いくら使用する核物質が少なくて済むとは言え、中性子の減速を待っていると、爆縮の間に蓄えることが出来るエネルギーが不十分となりやすく、未熟爆発(不完全爆発)、つまり不発弾になってしまいます。よって、核兵器では中性子の減速に期待せず、高速中性子による核分裂連鎖反応を主体としています。
相転移
ウランやプルトニウムは元素周期表の中でもアクチノイドと呼ばれる分類に属する物質です。これらの元素の特徴としては、その「相」が温度によって頻繁に変化するという特徴があります。例えば水の場合、温度の上昇に伴って氷(固体)、水(液体)、水蒸気(気体)と相が変化しますが、プルトニウムの場合は固体の状態だけでも幾つもの相を持ちます。つまり、固体のプルトニウムを加熱して液体に至るまでに、その構造が何度も変化するという事になります。
プルトニウムが持つ相は温度や圧力によって大きく変化するため、原子炉などで利用する場合には扱いづらいものとなってしまう場合があります。そのため原子炉で核燃料として利用する場合には相変化を抑えるためにプルトニウムを金属として単体で使用するのではなく、他の金属との合金として利用するほか、酸化物や窒化物、炭化物といったセラミックの状態にして使用される場合がほとんどです。
核兵器においては、プルトニウムをガリウムとの合金とすることで、通常の状態ではデルタ相に固定されますが、起爆時はその大きな圧力によってアルファ相に変化します。アルファ相はデルタ相と比較して体積が25パーセント程縮むため、単位容積あたりのプルトニウム密度を高くすることができます。そのため、臨界に達した際に発生する核分裂数を増やすことができるのです。また、純粋な金属プルトニウムは腐食しやすいという欠点がありますが、ガリウムとの合金にすることで腐食速度を金属プルトニウムの4パーセント程度まで遅くできます。

温度と圧力によるプルトニウムの相変化(Image:LANL)
相 | 結晶構造 | 密度(g/cm3) |
---|---|---|
アルファ相 | 単純単斜 | 19.86 |
ベータ相 | 体心単斜 | 17.70 |
ガンマ相 | 面心直方 | 17.14 |
デルタ相 | 面心立方 | 15.92 |
デルタ・プライム相 | 体心正方 | 16.00 |
イプシロン相 | 体心立方 | 16.51 |
5f電子
プルトニウムが頻繁に相変化を引き起こすという、奇妙な性質の由来は、5f軌道と呼ばれる場所にある電子であると言われています。この5f軌道の電子は「遍歴性」と「局在性」と呼ばれる2つの性質の中間の性質を持つという特徴があります。
あらゆる元素の原子には中心に原子核があり、その周囲に電子が存在しているという構造を持っています。この電子は「遍歴性」と「局在性」というどちらかの性質を持つことが殆どなのですが、5f軌道の電子は両方の性質を併せ持っているという特徴があります。
アクチノイドに分類される元素のうちウランやパラジウムといった比較的軽い元素が持つ5f電子は、原子番号が大きくなるにつれて、遷移金属が持つ5d電子に近い形で原子半径が変化します。その一方でアメリシウム以降は希土類が持つ4f電子に近い形で原子半径が変化するのです。
プルトニウムはちょうど5f電子が、5d電子ともf4電子ともつかない不安定な位置であるため、温度と圧力の条件によって頻繁に相変化を引き起こしやすい原因となっています。

元素ごとの電子軌道によって変化する原子半径(Image:LANL)