核融合実験施設「NIF」とホーラム・ターゲット

慣性核融合の「直接照射方式」と「間接照射方式」

レーザー等を用いて核融合燃料を周囲から中心方向に向かって爆縮し、核融合反応を発生させるという「慣性核融合」においては、核融合燃料に直接レーザーを照射して爆縮する「直接照射方式」と、ホーラムと呼ばれる特殊な空洞を持つカプセル内部にレーザーを照射し内部でX線を発生させることで核融合燃料を爆縮する「間接照射方式」があります。

アメリカのローレンス・リヴァモア国立研究所にて開発された「NIF(ナショナル・イグニッション・ファシリティ)は」間接照射型のレーザー慣性核融合実験施設です。1997年に建設が開始され、12年後の2009年に完成しました。

国立点火施設「NIF」

NIFでは次世代エネルギーとしての慣性核融合以外にも、宇宙物理学の研究、核兵器用のプルトニウムピットの経年劣化の検証、軍事目的の照射試験など様々な目的に利用されています。

NIFは高エネルギーのレーザーを純金製のホーラムと呼ばれる中空構造の小さな円筒状の器具に照射させ、その際に黒体放射によって生じるX線を中心部のターゲットに照射するという方式です。照射されたX線によってターゲット表面が瞬間的に蒸発することで、中心部に向かって爆縮するというアブレーション効果が生じます。これによって中心部のターゲットを高温高圧の状態にすることができるのです。

レーザーシステム

NIFで核融合を引き起こすために用いられるドライバーレーザーは、まずインジェクションレーザーシステム(ILS)のマスターオシレーターによって微弱な赤外線レーザー(波長は1053ナノメートル)が作り出されます。「プリアンプモジュール(PAM)」を経由し、最初の予備的な増幅が行われます。

その後、レーザー光はメインアンプに導かれ、ここで一気にエネルギーが増幅されます。メインアンプには巨大なフラッシュランプが取り付けられたガラスレーザーモジュールが使用されています。レーザーは増幅の過程で、途中にある塵などの影響によってレーザーは波面が歪んでしまったり、ノイズが発生してしまったりします。そのため途中には「キャヴィティ・スペイシャルフィルター(CSF)」と呼ばれる、レーザー光から不要な光を取り除いて綺麗な球面波にして取り出すための機器が備わっています。

このレーザービームが移動する距離は端から端まで1.5キロメートルもの距離があります。メインアンプを4度通過したレーザーはポッケルスセル(電気光学変調器)で偏光方向が変えられます。一般的なポッケルスセルは電極板を使用していますが、NIFで使用されているものはプラズマを利用しています。プラズマは電極板と違い、レーザー光線に対して透明であるという利点からポッケルスセル自体の小型化を実現しています。

レーザーの偏光方向が変わるとポラライザー(偏光子)によって、ビームはパワーアンプに導かれて最終的な増幅を行い、「トランスポート・スペイシャルフィルター(TSF)」で再度レーザー光から不要な光が取り除かれ、多数の鏡を用いたスイッチヤードを経由してレーザーをターゲットチャンバーに導きます。

この高精度で高エネルギーのレーザーは数十億分の一秒という非常に短い時間で照射されるため、最終的に核融合燃料ターゲットに照射されるエネルギーは最大で500テラワットにも及びます。

核融合ターゲットとホーラム

NIFでは作り出された192本の高エネルギーのレーザーを分割し、「ターゲットチャンバー」と呼ばれる直径10メートル、重量130トンの巨大な球体の中心に向かって導きます。この球体の中に入る直前でレーザーは、「ファイナル・オプティクス・アセンブリー」に内蔵された薄いリン酸二水素カリウムの単結晶シートを用いた周波数コンバータによって波長が1053ナノメートルの赤外線から、351ナノメートルの紫外線に変換されます。紫外線に変換することでターゲットの加熱をより効率的にできるようになります。

ターゲットチャンバーの中心部にホーラムで覆われた核融合燃料が配置されています。ホーラムは純金で作られており、ここに高エネルギーのレーザーが照射されることで黒体放射によってX線が発生し、さらにその中心部にある極低温の重水素とトリチウムの核融合燃料に照射されます。核融合燃料は極低温で固体、つまり氷の状態になっており、X線が照射されると表面が一瞬のうちにプラズマ化します。その時に発生する反作用である「アブレーション」によって中心方向に向かって爆縮されるというわけです。そうすると核融合反応を発生させることができます。

このように慣性核融合方式の核融合では、外部からレーザーや荷電粒子といったエネルギー入力によってターゲットとなる物質を爆縮させますが、NIFも採用している「間接照射方式」では、レーザーで核融合燃料の周囲のホーラムを加熱した上で、そのX線放射で核融合燃料を爆縮するという方式であるため、効率は若干落ちるというデメリットがあるものの、レーザーを直接ターゲットに照射する「直接照射方式」よりも、均質な爆縮を行いやすい(レイリーテイラー不安定性のような流体力学的不安定性を抑えやすい)というメリットがあります。

またシステムそのものが核分裂から核融合までの核反応を段階的に連続して生じさせる、「テラー・ウラム型」と呼ばれる多段式の熱核兵器の構造に近という特徴があります。熱核兵器は、エネルギードライバーを核分裂を用いた原子爆弾(プライマリー)とし、外殻部をホーラムとしたX線照射によって核融合燃料(セカンダリー)を爆縮しています。こうした点で核爆発に至る高エネルギー状態の研究に適しているという特徴があります。そのため核兵器の性能や安全性の確認を行う研究などにも向いています。

ちなみに熱核兵器では、プライマリーである原子爆弾の起爆には高性能爆薬を用いた爆縮レンズによってプルトニウムを「爆縮」していますが、同じように爆縮と言ってもセカンダリーの核融合燃料がX線照射によってアブレーションで爆縮するよりもエネルギーは遥かに小さいため、高性能爆薬による爆縮レンズで直接核融合反応を起こすことは当然できません。

劣化ウランを用いたホーラム

間接照射方式で用いられる「ホーラム」の内部では、高エネルギーのレーザーが比較的質量数の大きい物質に照射されることで、黒体放射によってX線が発生します。多くの場合は金が用いられていますが、アメリカの国立点火施設「NIF」等においては、劣化ウランを用いたホーラムも用いられています。

ウランを用いたホーラムの全体図と構造(Image:LLNL)

この材料に劣化ウランを用いる事で、より高い効率で核融合反応を引き起こすことができます。ウランは金よりも原子番号が大きく、X線の閉じ込め等の能力に優れており、より高いエネルギーで核融合燃料を爆縮できるという特徴があります。またウランは原子力発電所で用いられる濃縮ウランを生産した残りの劣化ウランが安く利用できるため、ホーラムの価格を安くできるというメリットもあります。

このウランのホーラム表面は酸化を防ぐために金でコーティングされているのが特徴です。ウランが金でサンドイッチされている理由としては、ウランを酸化から保護し、さらに金のみでつくられた通常のホーラムと同じ特性を爆縮の瞬間まで維持するためです。

高い収率を実現する「ハイフット・パルス」

慣性核融合で重要になるのは核融合燃料をどれだけ「きれいに」かつ「効率よく」爆縮できるかという点が重要になります。爆縮の瞬間に照射非一様性による流体力学的不安定性が生じてしまうと、均質な爆縮が妨げられてしまい、十分な核融合反応を得ることができなくなってしまいます。

「ハイフット・パルス」(Image:LLNL)

「ハイフット・パルス」は用いることで、従来の「ローフット・パルス」と比較して、初期のレーザーパルスを高くしつつ、パルスの持続時間を短くしています。レーザーの強度変化のピークも4つから3つに減っています。そのためレイリーテイラー不安定性の成長を抑えることができ、燃料体を覆うプラスチック製のアブレーターの燃料体中心部への侵入も抑えることができます。結果として爆縮特性を改善することに繋がったそうです。

燃料アブレータ

燃料体のアブレーションによる爆縮は、燃料体を覆うプラスチック製のアブレータによって行われます。このアブレータを高密度炭素(HDC)や、ベリリウムに変更することで、高速かつ安定した爆縮を実現しようという研究が行われています。

アブレーターにベリリウムを用いたターゲットの構造。
右側の%の数値はベリリウム合金に含まれる銅の割合。(Image:LLNL)

ターゲット保持用テント

アブレーターで覆われた燃料体をホーラムの中心部に保持しておくためのテントと呼ばれる部材が、均質な爆縮を乱す原因にもなるため、燃料注入用チューブによる燃料の保持等が検討されています。

CBET(Cross Beam Energy Transfer)とその対策

ホーラム内部でレーザービーム同士が相互に干渉し、イオン音波を介して一方のレーザービームのエネルギーが別のレーザービームに移行してしまうという現象です。これはホーラム内部に充填されているヘリウムガスの圧力を下げることでこの現象を抑制する研究が行われています。また、ホーラムの内壁がアブレーションを起こし、そのプラズマが燃料体の爆縮に影響を及ぼすことから、ホーラムの全長を長くしつつ、サイズも大型化することで影響を抑えるという、Low fill gas、Long、Largeの「L3 Campaign」の研究が行われています。

参考

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