原子爆弾の構造と製造法

原子爆弾とスパイ

アメリカが「マンハッタン計画」において、ロスアラモス国立研究所で研究開発を行った原子爆弾の技術がソ連へと流出した経緯には、スパイ活動が大きく関与したと言われています。

「原爆スパイ」の事件としてはロスアラモス国立研究所に勤めていたドイツ人研究者クラウス・フックス氏がソ連に対してアメリカやイギリスの核兵器技術を売った事がソ連暗号解読計画「ヴェノナ計画」によって明らかになった他、ユダヤ人のジュリアス・ローゼンバーグ氏とエセル・グリーングラス・ローゼンバーグ氏の二人が、エセル氏の弟でありロスアラモス国立研究所に勤めていたデイヴィッド・グリーングラス氏から渡された原爆技術に関するメモをソ連に売ったとして逮捕、死刑となった「ローゼンバーグ事件」等がありました。

ローゼンバーグ事件のメモに見る原子爆弾の構造

グリーングラス氏からローゼンバーグ夫妻によってソ連にもたらされた核技術に関するメモの内容が現在公開されています。パッと見は簡素な内容ですが、これがソ連の原爆を実現した情報の一つであるとされています。

RDS-1
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その内容はインプロージョン型原子爆弾に必要不可欠な爆縮レンズの概要と、断面図が描かれています。

まず左のメモですが、これは爆縮レンズにおいて「A」と「B」の二種類の燃焼速度の異なる爆薬を用いて、その衝撃波を均一に中心部に伝える技術の解説かと思われます。内部に向かって伝わる爆発の衝撃波は、それぞれの起爆装置から球形に広がっていくため、中心部では場所ごとに衝撃波の到達に「ムラ」が生じて、核爆発を引き起こすためのプルトニウムを正確に爆縮できなくなります。

インプロージョン型の原子爆弾では「ピット」と呼ばれる金属のプルトニウムを一気に爆縮することで核分裂の連鎖反応を一気に引き起こし(即発臨界)それに伴う莫大な熱エネルギーを放出させることで核爆発を起こします。そのためインプロージョン型の原子爆弾ではプルトニウムの製造と並んで最も重要かつ難易度の高い技術とされています。

爆縮レンズは爆薬の爆発の衝撃波を整えることから、光学機器のレンズになぞらえてそう呼ばれています。このメモでは具体的に爆縮されるピットの大きさや、それに必要な爆縮レンズの詳細な形状、またその計算方法については記されていませんが、二種類の爆薬を用いて衝撃波を制御する爆縮レンズ技術の概要そのものです。ちなみにアメリカの「ファットマン」においては「コンポジションB」と「バラトール」と呼ばれる二種類の爆弾が利用されました。

右側のメモはインプロージョン型原子爆弾の断面図です。外側から「爆縮レンズ・起爆装置」「プッシャー・タンパー」「プルトニウムピット」「イニシエーター」となっているはずです。

爆縮レンズ・起爆装置

爆縮レンズは複数に分割して作られ、ファットマンの場合はそれを32個組み合わせて切頂二十面体の形状で使用します。それらの爆縮レンズの点火・作動には時間応答性の高い(すぐ反応してくれる)電気雷管として「起爆電橋線型雷管(EBW)」が使用されています。32個の爆縮レンズの点火誤差は時間にして1マイクロ秒以下に抑える必要があるため、このEBWを使用することで高い起爆の精度を実現しています。

しかしEBWの使用には非常に高い電圧を掛ける必要があり、長崎に投下された原爆「ファットマン」においてもオイルコンデンサを用いた大型の電源装置「Xユニット」が使用されました。

プッシャー・タンパー

プッシャーとタンパーはプルトニウムピットを包み込み、爆縮レンズからの衝撃波をプルトニウムピットへと伝える役割を持ちます。プッシャーがアルミニウムで作られているのに対し、プルトニウムピットを覆うタンパーは劣化ウランで作られています。これは中性子反射体としての役割を持ち、核分裂連鎖反応で生じる中性子が爆縮されたプルトニウムピットの外に向かって逃げ出そうとするのを内側へ戻す働きを持ちます。こうすることで核分裂反応で生じる中性子を効率的に利用できるほか、核分裂連鎖反応に必要なプルトニウムの量(臨界質量)を少なくできます。

プルトニウムピット

ファットマンで使用されたプルトニウムの量は6キログラム少々と言われています。このプルトニウムは同位体の中でも特に核分裂しやすいプルトニウム239の割合が93パーセント以上の「兵器級プルトニウム」が使用されています。

原子力発電所でもMOX燃料と呼ばれるプルトニウムを利用した核燃料が使用されることがありますが、これはプルトニウム239の割合がそれほど高くない上、セラミック状に焼き固めた二酸化プルトニウムとし、さらに二酸化ウランと混合した形態で扱われるため、当然これは核兵器に利用することはできません。核兵器に利用するには「金属プルトニウム」と呼ばれる純粋な金属のままで扱う必要があります。

イニシエーター

イニシエーターはこの原爆の最も中心に存在する部分です。これは言わば「核分裂の起爆装置」のようなもので、爆縮レンズによって爆縮されたプルトニウムピットで、核分裂連鎖反応を開始させるための「火種」となるのです。これは金で覆われたポロニウム210と呼ばれる放射性物質の周りにベリリウム9が被せられています。ポロニウム210はアルファ線を出す放射性物質であり、このアルファ線がベリリウムに衝突することで中性子が発生する「(α,n)核反応」と呼ばれる核反応が生じます。この時発生した中性子がプルトニウムピットの核分裂反応を開始させるのです。

ポロニウム210が金で覆われているのは、起爆する瞬間まで中性子を発生させないためです。常に中性子を発生させてしまっていては、プルトニウムピットの爆縮が不十分な状態で核分裂連鎖反応が開始されてしまうからです。アルファ線は紙一枚でも遮ることができる放射線なので、ポロニウム210の周りを金で覆っておきます。そして爆縮されたタイミングでその外側のベリリウムが金の膜を突き破ってポロニウム210に接触、中性子を発生させるという仕組みです。

世界に拡散した核兵器

上記がソ連に伝えられた原爆の技術の内容であるかと思われます。ソ連が原爆実験に成功したその後も核兵器は世界中で開発が行われ、冷戦時代においては多くの核兵器が配備されており、核実験も数多く行われました。

現在核兵器に関する情報はインターネット等である程度まで入手できるようになりました。機密解除されて公開された情報が多くあるためですが、これもそれだけ核兵器の技術が世界中に拡散した結果とも言えるでしょう。

核兵器用のプルトニウムやウランの作り方

兵器級プルトニウムの生産には、原子炉内でウラン238に短期間中性子を照射し続ける事で生成されます。短期間である理由としては、長期間中性子を照射しすぎると今度はプルトニウム240という別の同位体が生成されてしまいます。プルトニウム240の「自発核分裂」という性質によって、原爆が起爆する際に「爆縮が中途半端な状態」で核爆発を起こし始めてしてしまい、十分な威力が得られなくなるという「過早爆発(フィズル)」と呼ばれる現象が生じてしまいます。

X-10原子炉

プルトニウム生産用のX-10原子炉

そのため核兵器に用いるプルトニウムの生産は長期間核燃料を原子炉に入れっぱなしにする原子力発電所の、特に軽水炉と呼ばれるタイプの原子炉は不適です。兵器級プルトニウムの生産には原子炉を運転しながら燃料を頻繁に交換できる専用のプルトニウム生産用原子炉が必要となります。アメリカのマンハッタン計画においては黒鉛減速型の圧力管型原子炉「X-10」が使用されました。

兵器級プルトニウムの代わりに「高濃縮ウラン」を使用することもできます。高濃縮ウランの中でも核兵器に利用されるのは核分裂しやすいウラン235の割合が93パーセント以上のものが必要になります。ウラン鉱山などから採掘される天然に存在する「天然ウラン」においてはそのウラン235の割合が0.7パーセント程しかないため、これを「濃縮」することで核兵器に使用可能な割合まで増加させます。

ウラン濃縮

ウラン濃縮用の遠心分離器

高濃縮ウランを用いる場合、プルトニウム240のような「自発核分裂」による影響をほぼ考慮しなくても良いというメリットがあるほか、濃縮という工程によって製造できるため原子炉を必要としません。濃縮には同位体の重さの違いを利用した「遠心分離法」や「ガス拡散法」と呼ばれる方法で生産できます。しかし非常に大規模なプラントが必要となる上、必要な消費電力も莫大なものとなります。現在、多くの核兵器がウランではなくプルトニウムを核物質として用いているのはそのコストという点が大きいのです。

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