鉛ビスマス高速炉の概要
原子炉のうち、核分裂連鎖反応に高速中性子を用いる原子炉を総じて高速中性子炉や、高速炉と呼びます。
そのうち、ウラン238からプルトニウム239を生み出すなどして、運転に用いた核燃料物質よりも多くの核燃料を生み出せる高速炉を「高速増殖炉」と呼びます。
現在発電用などで広く用いられている沸騰水型軽水炉や、加圧水型軽水炉と呼ばれる原子炉は、普通の水である軽水を減速材として中性子の速度を落とし、熱中性子とすることで核分裂の連鎖反応を引き起こしやすくしています。こうした原子炉を高速中性子炉と対比して熱中性子炉と呼びます。
高速炉は核分裂で生じた中性子を減速させたくないのと、高速中性子は熱中性子よりも核分裂性物質に当たりにくくなるため、熱中性子炉よりも核燃料が濃くなっていること(ウラン濃縮度が高い、もしくはプルトニウム富化度が高い)、さらに燃料集合体の距離が近い(稠密化)ために、単位容量あたりの発熱量が大きくあります。
そのため原子炉の冷却に軽水を用いると、その熱を輸送しきれないという問題があります。さらに軽水は中性子を吸収したり減速したりする効果が高いため、中性子のエネルギーを維持しにくく、さらに生じた中性子を有効活用しにくくなってしまいます。
そのため高速炉では水などよりも熱輸送能力の高い液体金属をその冷却材として用いようと研究されてきました。その多くは金属ナトリウムを用い、日本の高速増殖炉である「もんじゅ」もこのナトリウム冷却です。
ナトリウムは熱輸送能力が高く、また比重は水とさして変わらず、中性子の吸収や減速の反応も少ないので高速炉の冷却材として研究されていました。
そしてこのナトリウム以外の冷却材として、鉛や鉛とビスマスの合金(LBE)を用いた原子炉が研究されています。
鉛冷却高速炉の図。原子炉容器内に蒸気発生器が直に設置されているのが特徴的です。(Credit:INL)
鉛高速炉や鉛ビスマス高速炉を、ナトリウム高速炉と比較した時のメリットは
- 水との反応性が無い
- 中性子反射体効果が高い
- 高い沸点
- 炉心燃料が溶融時に沈殿しにくい
といった事が挙げられます。
水との反応性が無い
ナトリウムは水と反応しやすいため、発火や発煙の原因となります。そのためナトリウム高速炉ではナトリウムが大気や水に触れないように核燃料交換設備も密閉環境で自動化されたり、配管を二重化するなどしています。また万が一の場合も漏洩量が最小限で済むようにされています。
さらにナトリウム冷却炉は、冷却系を炉心を通過することで放射能を持つ一次系と、放射能を持たない二次系で分ける事で安全性を確保しています。発電に必要な蒸気を得る蒸気発生器はその二次系ナトリウムの熱により発生させています。
鉛冷却高速炉の場合はそうした水反応に対する設備を必要としないため、一次系で直接蒸気を得る方式も考えられています。そのため配管の簡素化も可能になります。
中性子反射体効果が高い
鉛やビスマスは重金属であるため、中性子を反射しやすい性質が強く現れます。そのため炉心の外へ漏れ出ようとする中性子を減らせるため、臨界状態を維持する臨界性がよくなります。そのため核燃料をより良く燃焼させられるほか、炉心の小型化も目指せます。さらに、中性子やガンマ線が遮蔽されやすいため、長寿命で小型な原子炉を一つのモジュールとすることができます。
中性子反射体効果の高さによる炉心の小型化は、核燃料の長寿命化に加えて運転に必要な機器も減らすことができます。また循環ポンプを用いない自然循環炉も検討されており、これにより機器やメンテナンスを大幅に減らせます。
高い沸点
ナトリウムの沸点は800度程度ですが、鉛や鉛ビスマスは1600度程度の沸点を持ちます。そのため炉心が高温になった場合でも冷却材が非常に沸騰しづらく、その沸騰に伴うボイド効果をあまり考慮しなくても良いのです。ボイド効果とは沸騰により気泡となった冷却材が原子炉の反応度に及ぼす影響を指します。場合によっては沸騰により反応度が加わってしまう正のボイド効果をもたらす場合もありますが、鉛やビスマスの場合はそもそも非常に沸騰しづらいため、それらを考慮しなくても良いというわけです。
炉心燃料が溶融時に沈殿しにくい
鉛やビスマスは比重が大きいため、万が一核燃料が溶融した場合でも冷却材中に拡散します。水やナトリウムを冷却材とする原子炉の場合は、重い核燃料は炉心下部に沈殿し、そのまま原子炉容器の破損を引き起こしたり、再臨界を引き起こす可能性も懸念されています。しかしこれらの重金属冷却炉の場合は冷却材が非常に重いため、核燃料はそのまま沈殿せずに、冷却材の中にどんどん分散します。これにより核燃料が一箇所に集中して引き起こされる再臨界の心配もない上に除熱も行われるため、原子炉容器の破損や再臨界、それに伴う大規模な放射性物質の放出も防ぐことができます。
逆にデメリットは
- 鉛の腐食性
- 鉛の融点が高い
- ビスマスの埋蔵量が少ない
- ビスマスからのポロニウム210の生成
- 重量
などが挙げられます。
鉛の腐食性
鉛による配管の腐食が懸念されており、腐食をできるだけ進行させないように冷却材の流速を秒速1メートル程度と遅くしています。そのため熱除去能力を補うために燃料集合体の間隔を広く取り、通過する冷却材の体積を増やしています。また、熱除去能力はナトリウムよりも若干優れているため、その分流速を遅くできます。
本来高速炉であれば、炉心外へ漏れだす中性子の量や、中性子の減速などを防ぐために燃料の間隔は狭くする必要があります。しかし上記のメリットで記述したように鉛やビスマスは中性子の反射効果が高いなど核特性が良いため、燃料集合体の間隔を広げることによる損失を抑えられます。
さらにこうした冷却材の流量を抑えた設計とするため、電動ポンプなどを用いた強制循環を用いない自然循環炉が実現しやすくなるというわけです。自然循環であればポンプが不要となるため、信頼性やメンテナンス性が向上し、運転コストも低く抑えることができます。
鉛の融点が高い
鉛高速炉と鉛ビスマス高速炉の大きな違いの一つが融点にあります。鉛は融点が320℃ほどもあるため、原子炉が停止してる際に冷却材が固化しないように予熱し続ける必要があります。融点が97℃のナトリウムと比較すると大規模な予熱設備が必要になるというデメリットがあります。融点の問題を解決する方法として検討されたのが鉛ビスマスの合金を使う案です。鉛ビスマスの融点は125℃であるため、純粋鉛よりも予熱が比較的容易になります。
ビスマスの埋蔵量が少ない
蒸気の通り鉛ビスマス合金は純粋鉛よりも融点が低いために取り扱いやすいという利点があるもの、鉛が世界中の鉱山から年間300万トン生産されているのに対し、ビスマスはその埋蔵量自体が11万トン程度と非常に少なく、全てを原子炉に用いたとしても百数十機ぶんしか確保できないと試算されています。そのため将来的には鉛ビスマス高速炉よりも鉛高速炉を本命とする動きもあります。
ビスマスからのポロニウム210の生成
鉛ビスマス合金は鉛よりも融点が低いというメリットがありますが、これを冷却材とした際、ビスマスは中性子吸収からのベータ崩壊によりわずかながらもアルファ崩壊核種のポロニウム210を生成します。これは半減期が短く高い比放射能を持つため、冷却系のメンテナンスに難が生じます。そのためこの生成するポロニウムを除去する技術の開発が望まれています。
またナトリウム冷却炉の場合は、わずかながらもナトリウムの中性子吸収により15時間の半減期を持ち、高エネルギーのガンマ線を放出するナトリウム24が生成されます。これと比較するとポロニウム210のアルファ線は遮蔽が用意であるため、鉛やビスマスの遮蔽効果も相まって、炉心付近の放射線量は非常に低く抑えられます。
一方で蒸気発生器の不具合などで冷却材中に水が混入してしまった場合は、一気に沸騰してしまうため原子炉そのものに対するダメージは小さく抑えられるものの、冷却材中のポロニウムも蒸気と一緒に外部に放出されてしまう可能性もあります。
重量
鉛やビスマスは非常に重いため、冷却系のポンプの大型化が必要になるほか、耐震性などの設計が難しくなります。そのため大型炉の設計がどうしても難しいのです。そのため小型~中型の炉をいくつか組み合わせて運用する方式が提案されています。
こうしてデメリットも上手く克服しつつ、安全で高性能な原子炉の研究開発が進めばと思います。
参考
5.1 革新型原子炉 5.1.3 鉛合金冷却炉 (東京工業大学)
(http://www.nr.titech.ac.jp/coe-public/Doc05/Pdf/5-1-3.pdf)
鉛ビスマス冷却材の実用化 (東京工業大学)
(http://www.crines.titech.ac.jp/projects/docs/c_2_3_1.pdf)
鉛ビスマス冷却長寿命小型安全炉(LSPR)
(http://www.nr.titech.ac.jp/~hsekimot/LSPR.html)