原子力電池に適した放射性物質
原子力電池は放射性物質が放つエネルギーを利用します。しかし放射性物質であれば何でも良いというわけでもありません。原子力電池とひとくちに行っても様々な方式のものが存在するため、どんな放射性物質がどういった方式の原子力電池に適しているのかを解説します。
プルトニウム238
宇宙探査において原子力電池は非常に重宝される存在です。太陽から遠く離れる木星や土星の探査においては太陽電池では十分な電力を供給するのが難しいため、原子力電池は欠かすことができません。宇宙空間における原子力電池の利用は1960年代に遡りますが、当時から現在まで継続して利用されているのはプルトニウム238を熱源とする熱電変換方式の原子力電池です。
プルトニウム238はアルファ崩壊核種であることから放射線の遮蔽が容易で、宇宙機に搭載された観測装置などの機器に与える影響も最小限です。さらに半減期が約84年とその出力を維持できる期間が惑星探査において十分であるためです。
プルトニウム238を使用する原子力電池「GPHS-RTG」(Credit:USDoE)
プルトニウムと言えば核兵器や原子力発電で用いられるプルトニウム239が有名ですが、原子力電池に用いられるのはプルトニウム238です。プルトニウム238は高速増殖炉のような高速中性子炉では燃焼させることができるものの、プルトニウム239のように軽水炉のような熱中性子炉のほか核兵器の利用には向いていないのが特徴です。これは自発核分裂割合が大きく、比発熱量も非常に大きいことにあります。
つまり核分裂性物質では無いために熱中性子による核分裂連鎖反応の維持はできませんが、半減期は短いために単位時間辺りの発熱量が非常に大きいのがプルトニウム238の特徴なのです。この性質は原子力電池として非常に適しているため、惑星探査など宇宙開発に広く用いられています。
製造工程
プルトニウム238の生産においてはまず軽水炉などの原子炉において、低濃縮ウランを燃焼させる事でまず原料となるネプツニウム237を生産する事から始まります。まずウラン235を少量含む核燃料を燃焼させると、ウラン235に中性子が吸収される事でその83%が核分裂反応を起こし、核分裂生成物と中性子、そして熱エネルギーを発生させます。残りの17%のウラン235は中性子を吸収した後、核分裂せずにウラン236へと変化します。このウラン236がさらに中性子を吸収することでウラン237となります。このウラン237の半減期は6日ほどでベータ崩壊により電子を放出してネプツニウム237へと変化する事でプルトニウム238の原料となります。しかしこの反応の割合は少なく、軽水炉で数年かけて燃焼させた燃料のうちネプツニウム237が含まれる割合は0.4%です。また、生み出されたネプツニウム237の一部はさらに中性子を吸収する事でネプツニウム238のベータ崩壊を経てプルトニウム238に変化もしますが、この使用済み核燃料からプルトニウム238を分離するには、低濃縮ウラン燃料に含まれるウラン238が中性子を吸収することで生み出されるプルトニウム239との分離が難しいため、ここからは直接プルトニウム238を取り出さず、あくまで原料となるネプツニウム237を抽出します。
抽出されたネプツニウム237は陰イオン交換処理により分離された後、酸で溶かされて比較的軽い崩壊生成物や核分裂生成物を除去します。これによって濃縮されたネプツニウムが作られます。さらに酸化処理を加えられたネプツニウム237はアルミニウム粉末と混合されて固形のペレットに加工されます。これをさらにクラッドと呼ばれるアルミニウム製の容器に収めます。これで原料としてのネプツニウム237が完成します。
アルミニウム粉末と混合した
ネプツニウムの照射用の容器(Credit:USDoE)
このネプツニウム237を収めた容器は重水炉などの中性子束密度(フラックス)の高い重水炉などの原子炉に装荷されます。重水炉は重水を減速材とする原子炉で、軽水を用いる軽水炉よりも中性子の吸収がほとんど無い為、大量の中性子の照射が必要な同位体製造などに使用されています。これは核兵器に使用される高純度のプルトニウム239やトリチウムの製造に使われており、アメリカがこれまで原子力電池用のプルトニウム238の生産を行なってきたのも核兵器用のプルトニウムやトリチウムの生産を行なってきたサバンナリバー・サイトのK炉と呼ばれる重水炉でした。1950年代後半からアメリカ原子力委員会はサバンナリバー・サイトに対してプルトニウム238生産の要求を打ち出しており、閉鎖されるまでの間は宇宙探査機に必要なプルトニウム238を生産していました。
プルトニウム238を生産していたサバンナリバー・サイト(Credit:USDoE)
サバンナリバー・サイトなどの軍事用のプルトニウム生産炉は圧力管型などの形式とすることで燃料棒へのアクセスがしやすいようになっており、原子炉を運転したまま一部の燃料を抜き取る事が可能です。圧力容器型に分類される発電用の軽水炉は、核燃料交換の際には原子炉自体の運転を止める必要があるため、こうした物質の生産には向いていません。サバンナリバー・サイトの重水炉で中性子をネプツニウムに効率的に照射し、中性子を吸収させる事でネプツニウム238を作り出し、それがベータ崩壊することでプルトニウム238が生産されていました。K炉が閉鎖された現在、アメリカは後継の生産炉としてオークリッジ国立研究所の高フラックス同位体炉(HFIR)や、アイダホ国立研究所の発展型試験炉(ATR)といった照射試験・同位体製造を行っている中性子束密度の高い原子炉の利用を目指しています。
原子炉においてはネプツニウムへの中性子の照射期間を短くすることで、不要なプルトニウム同位体の生成を最小限に抑えています。これは生成されたプルトニウム238がさらに中性子を吸収することによってプルトニウム239などが生成されてしまうという、高次化を防いでいるのです。
ネプツニウム237とプルトニウム238の
陰イオン交換処理を行うフレーム(Credit:USDoE)
プルトニウム238を含むネプツニウムクラッドは冷却された後、内部からペレットが取り出されます。
「Dowex 1」や「Permutit SK」などのイオン交換樹脂を用いた陰イオン交換処理による化学分離でプルトニウムとネプツニウム以外の崩壊生成物を除去してから、さらにプルトニウムとネプツニウムに分離されます。陰イオン交換処理の工程を三回繰り返す事で80%程まで濃縮されたプルトニウムは酸化処理され、原子力電池の装荷に向けて加工する工程に入ります。分離されたネプツニウムも酸化処理され、再び原子炉照射を行う照射体として再利用されます。
フレームに設置された
陰イオン交換カラム(Credit:USDoE)
プルトニウム238は高い比放射能を持つアルファ崩壊核種であるため、酸化処理の際に含まれる酸素17と酸素18がアルファ粒子と(α,n)反応を引き起こすことで中性子線量が増加します。そのため酸素17と酸素18の割合が非常に少ない、純粋な酸素16の雰囲気でプルトニウムを過熱して酸化させることで二酸化プルトニウムから放出される中性子線量を低減させています。
イリジウムで被覆された
プルトニウムペレット(Credit:USDoE)
二酸化プルトニウムのペレットは薄いイリジウム合金によって被覆されています。イリジウムは酸化プルトニウムと近い性質を持ち、高い耐衝撃性と強度を持つ金属です。化学的に不活性でもあり、密度も高くあります。
こちらはサバンナリバー・サイトの「PuFF(The Pu Fuel Forms Facility)」と呼ばれる施設です。プルトニウム238生産用の、アルミニウムとネプツニウム237の合金を製造する「NBL(Neptunium Billet Line)」と共に「Building 235-F」と呼ばれる建物に併設されました。生産されたプルトニウム粉末をペレットに加工し、イリジウムの被覆を行い、溶接を行う施設です。太陽探査機ユリシーズまでの宇宙用原子力電池はこの施設で製造され、それ以降はロスアラモス国立研究所で加工が行われています。(Credit:USDoE)
プルトニウムの加工を行うグローブボックス内部の様子です。中央下部にプルトニウムペレットが見えます。イリジウムの被覆を溶接するところだと思われます。(Credit:USDoE)
アメリシウム241
電気出力10Wモデルの
モックアップ(Credit:NNL)
欧州宇宙機関(ESA)ではかねてより原子力電池や宇宙用原子炉を用いた惑星探査ミッションを検討しており、今あるのはこちらのイギリスの国立原子力研究所(NNL)による電気出力10Wのアメリシウム原子力電池の計画です。
半減期が約400年ほどと長いために超長期間に及ぶ太陽系外惑星以遠の探査ミッションには適していますが、そのぶん単位重量あたりの崩壊熱出力は小さくなるため、比較的多くの量が必要になります。
また低エネルギーのガンマ線も放出するため、一部の観測機器への影響が及ばないよう遮蔽などを考慮しなければならない場合もあります。
一方でプルトニウム238よりも安価に製造できる上、本来は放射性廃棄物として扱われてしまう事になるアメリシウム241を利用できるとあって研究が進められています。
NNLでは銀触媒を用いた化学分離プロセスで二酸化プルトニウムからアメリシウムと銀を分離し、銀を回収する事で99.7パーセント以上の純度でアメリシウムを回収できたとあります。
原子力電池用の放射性同位体生産においては再処理工程での化学分離などの点も含めて安くたくさん作れれば様々な探査ミッションで原子力電池を使える可能性が広がると思います。現状では原子力電池は大規模なフラッグシップ級のミッションにおいてのみ利用されているため、もっと中規模の探査ミッションでも広く利用されればと思います。
プロメチウム147
熱を用いない「ベータヴォルタイック」方式
原子力電池といえば、宇宙用でも一般的なプルトニウム238の利用が標準的であります。
これはプルトニウム238がアルファ崩壊に伴って放出する熱、崩壊熱を利用して熱電変換することで電力を得るというものです。これは70年代にペースメーカーでも長寿命電源として利用された技術であります。
ベータ線を直接に半導体素子へ照射することで電力を得る
同じくペースメーカー用の電源としてプロメチウム147と呼ばれる放射性同位体を利用した原子力電池も存在していました。これは崩壊熱ではなく、ベータ崩壊に伴って放出されるベータ線をPN半導体に衝突させることで電力を得る「ベータヴォルタイック」と呼ばれる方式の原子力電池でした。
プロメチウムは火の神、プロメテウスから名を取った元素で、安定同位体の存在しない元素のひとつです。
ベータセル400(Betacel400)
こうしたプロメチウム147を用いたベータヴォルタイック方式の原子力電池として、航空機メーカーのマクドネル・ダグラス社の前身のひとつであるドナルド・ウェルズ・ダグラス研究所が開発した「ベータセル400」と呼ばれる電池が挙げられます。電気出力400μWを得られる原子力電池です。直径は2.29センチ、重量は98グラムです。「ベータセル」は出力によって3種類が開発され、「ベータセル400」以外には「ベータセル50」、「ベータセル200」といったものが開発されました。
直径内部は2.4テラベクレルの三酸化二プロメチウム(PM2O3)と半導体素子がサンドイッチ構造にされています。開放電圧4.9ボルト、短絡電流112マイクロアンペアです。電力への変換効率は1.7パーセントです。
ベータセル400(Betacel400)内部
プロメチウム147は半減期が約2.6年と短くありますが、その分比放射能が高く、熱電変換方式の原子力電池(RTG)と比較して少量で小型な電池を製作することが可能です。
熱エネルギーを用いない原子力電池として、熱電変換方式の原子力電池(RTG)と違い、余熱の利用などはできませんが、逆に熱環境に依存しにくい電源として宇宙開発やその他の特殊電源としての活用方法があるかもしれません。
生産方法
プロメチウム147の生産は以下の方法が挙げられます。
熱中性子によるウラン235の核分裂生成物(FP)から分離
ウラン235が中性子の入射によって核分裂すると、それによって生じる核分裂片(核分裂生成物)には一定の割合でプロメチウム147が存在することになります。使用済み核燃料をイオン交換法などによって処理することでプロメチウム147を分離して利用できるようになります。
熱中性子によるネオジム146の照射で生成されるネオジム147のベータ崩壊
原子炉を用いてネオジム146に中性子を照射すると、中性子吸収によりネオジム147が生成されます。このネオジム147は半減期約11日でベータ崩壊によってプロメチウム147となります。
陽子加速器を用いてウラン炭化物ターゲットに陽子を照射する
高エネルギー陽子加速器を用いて陽子を炭化ウランに照射することで、その核破砕による生成物としてプロメチウム147を得る方法です。耐熱性の高い炭化ウランを数千度に加熱しておき、陽子を照射することでウランの核破砕や、核破砕によって生じた中性子による核分裂によって生じたプロメチウム147はレーザによってイオン化され、質量分析計の磁場偏向の原理で分離するというものです。
高速中性子によるウラン238の核分裂生成物(FP)から分離
ウラン238は高速中性子によって核分裂することが可能な物質の一つです。そのためウラン238を高速中性子で照射することで生じる核分裂の生成物からプロメチウム147を分離することができます。
今後の生産
高フラックス同位体原子炉「HFIR」(Credit:ORNL)
1960年代はアメリカのオークリッジ国立研究所(ORNL)が年間650グラムのプロメチウム147を生産していましたが、1980年代に生産を終了してしまいました。2010年以降に同研究所の高フラックス同位体原子炉(HFIR)を用いてプロメチウム147の生産再開が検討されています。原子炉を用いたプロメチウム147の生産については、中性子の照射能力によって生産量が変化するため、中性子束密度(フラックス)の高いHFIRに代表されるような研究用原子炉などがこうした同位体の生産に向いています。その他ロシアにおいてもプロメチウム147の生産が行われています。
プロメチウム147はこれまで蛍光灯のグロー管や、時計の夜光塗料として用いられていたこともありましたが、近年はそうした産業利用がされていない同位体です。こうしたベータヴォルタイック方式の原子力電池も様々な方法で活用されればと思います。