熱電変換素子の物理
熱電変換素子の物理
宇宙用の原子力電池といえば放射性同位体が放射性崩壊する際に生み出す熱である崩壊熱を利用し、その高温と宇宙空間の低温との温度差によって電力を得ています。
発熱体として利用される放射性同位体は、宇宙機の搭載機器に影響を与えないよう、強いエネルギーを持つベータ線やガンマ線を放出せず、遮蔽も容易なアルファ崩壊核種が好んで用いられます。また半減期が短すぎず長すぎず、長期間安定して熱エネルギーを取り出せる核種としてプルトニウム238が最も多く用いられています。
半減期は長ければ長いほど長期間熱が得られますが、あまり長いとそのぶん単位時間あたりに得られる熱エネルギーは相対的に小さくなってしまうからです。一方で短すぎるとその間は高いエネルギーを得られるものの当然寿命は短くなります。
プルトニウム238は半減期が84年と長期間の外惑星ミッションに最適な半減期といえます。
こうした放射性物質を熱源として原子力電池は作動するわけですが、この温度差によって電力を発生させることをゼーベック効果と呼びます。このゼーベック効果により電力を得るための部品を熱電変換素子と呼ばれます。
熱電変換素子は熱エネルギーを電気へと変換する効率が現在10パーセント程度と比較的低くあります。そのためできるだけこの変換効率の高い材料が望まれています。
そうした熱電変換の理論をまとめてみました。
熱電変換素子のしくみ
熱電変換素子の中では、熱が加熱側から低音側へと移動すると同時に、電荷キャリアと呼ばれる電子などが移動することで起電力が発生するのです。
熱電変換素子はその性能を表す指標として「ZT」と呼ばれる指数が用いられます。これは無次元性能指数と呼ばれるもので、素子自体の性能指数(Z)と、加熱部と冷却部の中間温度(T)を掛けあわせた数値となります。
無次元性能指数
ZT(無次元性能指数)=Z(素子の性能指数)×T(Th(加熱部)とTc(冷却部)の中間温度)
つまり熱電変換素子における発電量は素子の性能と、加熱部と冷却部の温度差が大きく影響するというわけです。
素子の性能指数(Z)に関係するのが、その素子が温度差1ケルビンに対して何マイクロボルトの発電が可能かを表したゼーベック係数(S)と、電気抵抗率(ρ)と、熱伝導率(κ)です。
性能指数
Z(性能指数)=S(ゼーベック係数)^2/κ(熱伝導率)ρ(電気抵抗率)
と、性能指数はゼーベック係数の二乗を、熱伝導率と電気抵抗率を掛けた数で割ったものになります。
温度差(T)に関しては、例えば宇宙空間で利用される原子力電池の場合、加熱部はプルトニウム238などの放射性物質の崩壊によって生じる崩壊熱を利用し、冷却部は宇宙空間への放熱フィンを用いた低温を利用します。この場合加熱側は放射性物質の崩壊熱をより高温に保ち、冷却側はより熱輸送能力が高く冷却能力の高い放熱フィンを用いるなどの方法が考えられますが、宇宙空間で用いられる原子力電池の場合、熱電変換素子の低音側はももともと約マイナス270℃と言われる宇宙空間への輻射伝熱であるため、それ以上に温度を下げるのも難しくあります。そのため、加熱側の温度を上げる方向で温度差を大きくする方法が取られますが、加熱側もあまりに高温であれば放射性物質自体や電池容器が溶けて壊れてしまいます。
また、熱電変換素子自体にも耐熱温度というものがあるため、これを超えてしまわないようにする必要があります。
つまり高い性能指数Zを持つ熱電変換材料の条件とは
- ゼーベック係数Sが高く、温度差あたりの起電力が大きい
- 熱伝導率κが小さい
- 電気抵抗率ρが小さい
ということになります。
熱伝導率κが小さい、つまり熱を伝えにくい材料が好まれるのは、熱伝導率が高いと高温側の熱が低温側に伝わってしまい、肝心の温度差が小さくなってしまうからです。電気低効率ρについても同様で、電気抵抗が大きいとジュール熱により(ニクロム線を使った電熱器のように)素子が発熱してしまいます。これで電気エネルギーが消費されてしまう上、ジュール熱で温度差が埋まってしまいます。
また原子力電池として注意が必要な点として、プルトニウム238等のα崩壊を用いた原子力電池の場合はα崩壊によって生成するヘリウムガスの熱伝導性が高いため、必要に応じて外部へとベントする圧力バルブ等が必要になります。半減期84年のプルトニウム238が最初10kgあった場合、初期状態から半減期に達するまでに約84グラムのヘリウムが放出される事になります。(質量数238のプルトニウム238がアルファ崩壊する事で、娘核種のウラン234とヘリウム4が放出される)ヘリウムは1気圧で1リットル0.18グラム程しかないため、1リットルに1グラムで5気圧以上、10グラムで50気圧を超えます。あまりに圧力が上がり過ぎると運用開始から十数年後に原子力電池が破裂する可能性があるほか、圧力によって熱電変換素子が破損したりショートするなどの事故に繋がる可能性があります。
ゼーベック係数Sと電気抵抗率ρの関係
というわけで、ゼーベック係数が高く、熱伝導率も電気抵抗率も低いという都合の良い材料が必要となるわけですが、残念ながらゼーベック係数が高い材料は電気抵抗率も大きく、反対に電気抵抗率の小さい材料はゼーベック係数も低いという傾向が強いのが実情です。
ゼーベック係数Sが室温で1ケルビンあたり300μVの物質は電子や正孔といった電荷キャリア(素子で電荷を運ぶもの)の密度が10^18/cm^3程度の半導体ですが、電荷キャリアが少なく、電気抵抗率ρは電荷キャリアの密度に反比例するので、電気抵抗率ρが高くなってしまいます。
電荷キャリアが10^22/cm^3ほどと多く、電気抵抗率ρが少ない物質は金属となりますが、逆にゼーベック係数Sは1ケルビンあたり数μVと非常に低いものとなってしまいます。
- 電荷キャリアが多い=電気抵抗率ρが小さい=金属=ゼーベック係数Sが小さい
- 電荷キャリアが少ない=電気抵抗率ρが大きい=半導体=ゼーベック係数Sが大きい
という関係になります。こうした中でゼーベック係数Sと電気抵抗率ρのバランスを考えると10^19~10^21/cm^3が妥協点であり、これがビスマステルル(BiTe)系といった熱電変換素子になります。
熱伝導率κを小さくするには
性能指数Zに影響する熱伝導率κですが、熱電変換素子において熱を伝えるのは、移動する電子や正孔といった電荷キャリアによって伝えられるものと、材料を構成している原子の振動(格子振動)によって伝えられます。熱電変換素子に使われる半導体は電荷キャリアの密度が小さいため、格子振動による熱伝導が支配的でありこれが大きく影響します。そのため性能指数Zを上げるためにはこの格子熱伝導率κLを下げる必要があります。
この格子振動を量子化したものをフォノンと呼びます。このフォノンのモード数と呼ばれる振動のパターンは原子数の3倍存在しますが、このうち実際に熱を伝えるのに影響するフォノンはこのうち3つだけです。この熱伝導に影響するフォノンを「音響フォノン」と呼び、それ以外のフォノンは「光学フォノン」と呼ばれます。つまり「音響フォノン」をなんとか抑えられれば熱伝導率κの小さい材料を作ることができます。
格子熱伝導率κLは、フォノンの平均自由行程ℓと、その物質における音速vと、格子比熱CLを元に、
格子熱伝導率
κL(格子熱伝導率)=CL(格子比熱)×v(音速)×ℓ(フォノン平均自由行程)/3
と表せます。
つまり格子比熱が小さく、その材料における音速vが遅く、フォノンの平均自由行程ℓが短い材料が求められます。
音速vを遅くするには重い原子を含ませるのが効果的になります。、BiTe系熱電変換素子において重いビスマスを用いているのはその条件を満たすためです。
平均自由行程ℓ、特に温度勾配のある方向のものを小さくするには、結晶における格子振動の構造単位である「単位胞」1つあたりに含まれる原子数を大きく(密度を大きく)することで小さくできます。
また熱伝導に影響する音響フォノン同士が衝突し、光学フォノンが生み出される時、散乱によって進行方向が逆に曲げられる事があります。これはウムクラップ過程と呼ばれ、これによって実効での平均自由行程ℓが小さくなります。
さらに平均自由行程ℓを小さくするには、結晶に不純物を含ませたり、構成する元素の一部に質量が異なるものを混ぜることでも実現可能です。不純物や別の元素によってフォノンが伝わっていく格子の周期が途中で乱れ、フォノンが散乱されやすくなるからです。しかしフォノンだけでなく電荷キャリアとなる格子や電子までも散乱させてしまうため、今度は電気抵抗率ρが増大してしまいます。
つまり電荷キャリアをできるだけ散乱させず(電気抵抗率ρを増大させない)、平均自由行程ℓの長い音響フォノンだけを散乱させたい(平均自由行程ℓを短くする=熱伝導率κを下げる)都合の良い機構として「ラットリング機構」というものが提案されました。
ラットリングとは赤ちゃんをあやすためのガラガラのことでした。つまりカゴの中で何かがガラガラと動き回っている状態を指します。そういった「かご状化合物」の物質として挙げられるのが充填スクッテルダイトやクラスレート化合物と呼ばれるものです。
ちなみにラットリングそのものがどのようにフォノンを散乱させているかは理論がまだ確率しておらず、よくわかっていない点があるため、実験が続けられているそうです。
充填スクッテルダイト
充填クッテルダイトはある結晶構造の中に、希土類やアルカリ土類金属の原子が詰め込まれた結晶です。
結晶構造の外側と中身が違う元素であるために途中でフォノンが散乱されやすくなり、熱伝導率κを下げることができます。
一方で電荷キャリアに対しては、中身の原子が持つ電子と、外側の原子が持つ電子とが混成することで、正孔密度が金属レベルにまで増加(電荷キャリアが増加=電気抵抗率ρが低下)します。
この、熱を伝える格子振動のフォノンを散乱しやすくして熱伝導度κを下げ、また電荷キャリアを増やして電気抵抗率ρを下げることで無次元性能指数ZTの値を大きく保つことができます。
NASAのジェット推進研究所、JPLなどではこうした材料の開発が進められており、次世代の原子力電池への搭載を目指しています。
参考文献:
Performance Test Results of a Skutterudite-Based Unicouple with a Metallic Coating
「金属コーディングのスクッテルダイト系熱電変換素子の性能テスト結果」
より良い熱電変換材料は、宇宙空間で原子力電池や原子炉を利用する際に非常に重要な要素となります。もともと信頼性が高い技術であるため、その効率さえ向上すれば高いエネルギーを取り出すことができ、電気推進や観測などより高度な宇宙探査ミッションを実現できるかと思います。
内容に間違い等ございましたらご指摘頂ければ幸いです。
参考文献:
熱と電気のハーモニー;熱電変換物質開発
広島大学大学院先端物質科学研究科:高畠敏郎
カゴ状化合物のラットリングとトンネリング