宇宙用原子炉の冷却材と発電方式
宇宙炉と電気推進
宇宙空間で原子炉を利用するメリットは太陽光の届かない場所でも運用が可能であり、かつ原子力電池よりも高い出力を得られる事にあります。
この高い出力は主として、電気推進システムを駆動させるのに大変有用です。

NASAのカスプ型イオンエンジン「NSTAR」(Credit:NASA)
電気推進システムは高い比推力を実現できる、燃費のよいシステムですが推進剤の他に電力が必要となります。ローレンツ力を利用して推進剤を噴射するMPDスラスタと呼ばれるタイプの電気推進システムは消費電力が非常に大きく、過去に軌道上実験を行った宇宙フリーフライヤ「SFU」においても一旦充電してから一瞬運転するというパルス運転によって実験がなされていました。
原子炉によって強力なエネルギーを得られれば、連続した噴射を行える準定常運転や、定常運転を行うことができます。そこで重要になるのが冷却系と熱エネルギーの電気への変換方式です。冷却材は炉心で発生した熱を輸送し、原子炉の温度を制御する他、発電に必要な熱エネルギーを運びます。
宇宙炉と電気推進システム(Credit:NASA)
宇宙用原子炉において、原子炉を冷却しつつ、熱を輸送し、さらにその熱エネルギーを電気エネルギーへと変換する手段の選択は重要な要素となります。
宇宙炉の冷却材
宇宙用原子炉は小型化する為に高濃縮ウラン等を用いるため、出力密度も高くあります。また宇宙空間という環境で利用する以上、軽水炉のように水を冷却材として利用するのは難しくあります。
そのため主に冷却材としては液体金属が多く使用されてきました。多くはナトリウムとカリウムの合金であるNaK合金等が用いられておりましたが、他にも金属ナトリウムやリチウム、水銀などが検討されていました。
例えばリチウムを用いた宇宙用原子炉としてはアメリカのSP-100や、日本のRAPID-Lなどが検討されていました。冷却材としてリチウムを用いるメリットとしては、高速炉などでよく用いられている金属ナトリウムよりも沸点が高く、ラジエータ等を用いた放熱に面積などの面で限界のある宇宙探査機に搭載される宇宙炉において、運転温度が高いままで原子炉の連続運用が可能になるということです。

アメリカで検討されていたリチウム冷却の高速中性子宇宙炉「SP-100」(Credit:NASA)
金属ナトリウムの沸点が摂氏892度であるのに対して、リチウムの沸点は摂氏1330度であるため、高温の宇宙用原子炉において冷却材の沸騰がより起きづらくなるのです。一方で、原子炉の構造材や核燃料の化学組成においても、高温に耐えうるものにする必要があります。例えばステンレス鋼の代わりにリチウムとの相性の良いモリブデンとレニウムの合金が使われます。
核燃料については、金属燃料や一般的な酸化物燃料よりも融点の高い窒化物燃料を用いることが検討されています。窒化物燃料は核燃料に含まれる核分裂性物質の密度を酸化物燃料よりも高めることができるため、炉心の小型化などに有利であると考えられます。さらに窒化物燃料は冷却材のリチウムや構造材のレニウム・モリブデンとの相性も良くあります。
一方、地上の高速増殖炉などで利用が検討されている鉛や鉛ビスマス合金については、中性子経済の良さから炉心を小型化できる可能性などはあるものの、密度が大きく、非常に重いため宇宙機への利用は向いておりません。
冷却材は、高濃縮ウランなどの核燃料を用いているが故に、発熱密度の高い炉心を十分に冷却できるだけの除熱能力を持ち、さらに液体金属の場合は沸点が高くある必要があります。また核分裂で生まれた中性子が無駄にならないよう中性子を吸収しづらい、中性子経済に優れたものである必要もあります。さらに高速中性子による臨界体系を維持する高速炉の場合は中性子を減速させづらいものである必要があります。
そのため原子炉の冷却材と使用出来る材料は限られ、原子炉の設計もそれらの冷却材を利用できる前提で設計されなければなりません。
発電方法・電気エネルギーへの変換
原子炉で加熱された液体金属の熱が発電に利用されますが、原子力電池のように熱電変換素子を用いた場合はその効率は数パーセント程度にとどまります。熱電変換素子は使用する半導体の組み合わせによって変換効率や耐熱温度などの性能が決まります。そのため熱電変換材料の研究開発も進められており、充填スクッテルダイトなどを用いた熱電変換素子では20パーセントほどの変換効率を目指しています。
同様に温度差を利用した発電方式としてスターリングエンジンを利用した発電方式のほか、ヘリウムなどの気体の冷却材を用いた閉鎖ブレイトンサイクルによる発電方式が考えられています。

スターリングエンジンを用いた
原子力電池「ASRG」(Credit:NASA)
温度差によって動作するスターリングエンジンを用いた発電においては、エンジンの動きに併せて発電機を駆動させ、生じた交流電流を安定化電源によって直流電源に変換して利用するというものです。熱電変換素子を用いたものより効率が良いため、プルトニウム238など使用する放射性物質の量が少なくて済むという利点があるものの、発電機といった駆動部が追加されることで寿命や信頼性は従来の熱電変換型の原子力電池より落ちてしまうのが難点です。スターリングエンジンを用いた原子力電池としてはアメリカにおいて「ASRG」と呼ばれるものがが検討されていましたが、在庫限りの少なくなったプルトニウム238を有効利用する事が大きな目的であったため、プルトニウム238の再生産が可能になった事もあり、開発は中止されてしまいました。
もう一つの閉鎖ブレイトンサイクルにおいては、気体の流れによってタービンを回転させて発電させるガスタービン発電の一種であります。
これは下の画像にあります、フランスが開発を検討していた200kWe級の宇宙用原子炉「ERATO」のように原子炉の冷却を液体金属で行い、中間熱交換器(IHX)を経て、ヘリウムとキセノンの混合気体を利用した二次冷却系によりタービンを回転させる方法のほか、原子炉を直接ガスで冷却し、そのガス流で直接タービンを回転させる方法があります。

引用:http://jolissrch-inter.tokai-sc.jaea.go.jp/pdfdata/JNC-TN4420-98-001.pdf
(可搬型炉と原子力電池の開発研究についての調査)
気体は液体と比較して熱輸送密度が低いため、大きな流量が必要である事や加圧の必要性から配管や容器の大型化、重量増加の可能性こそありますが、これらの気体冷却材による発電は効率が高く、注目されている方式の一つであります。