宇宙用原子炉の設計と中性子スペクトル
画像はアメリカが1960年代に打ち上げた宇宙用原子炉「SNAP-10A」です。この原子炉は熱中性子炉で、水素化ジルコニウム(ZrH)を減速材としています。一方で「SP-100」はリチウムを冷却材とする高速炉として設計されました。
熱中性子炉においては炉心で減速材によって核分裂で生まれた高い運動エネルギーの中性子を遅くさせることで、核分裂の連鎖反応が効率的に起きるようにしています。対して高速炉は核分裂で生まれた高い運動エネルギーの中性子を減速させず、そのまま核分裂の連鎖反応を維持する原子炉です。
このどちらかを選択する上で重要な点は、
が挙げられるかと思います。
重さと大きさ
ロケットで打ち上げるぶん、原子炉はできるだけ軽く小さくすることが望まれます。
熱中性子炉の場合は核燃料に加えて、中性子を減速させるための減速材が必要となります。
一方、高速炉においては減速材は不要ですが、熱中性子炉と比較して中性子の運動エネルギーが大きいため、核燃料の反応断面積が小さくなり、臨界を達成するためには熱中性子炉よりも多くの核燃料が必要になります。
- 高速炉:必要な核燃料大
- 熱中性子炉:減速材が必要
減速材といっても用いられるのは水素化ジルコニウムなど、重金属である核燃料よりは密度が小さいもののため、重量がかさばらない可能性もあります。そのため同じ出力の場合では熱中性子炉と比較して高速炉のほうが核燃料のぶん若干重くなるかもしれません。
熱中性子炉の減速材の選択としては、水素化ジルコニウム(ZrH)、水素化リチウム(LiH・リチウム7濃縮)、重水素化ジルコニウム(ZrD)、重水素化リチウム(LiD・リチウム7濃縮)あたりが適していると思われます。重水素を用いる方が中性子の減速能が高く、無駄な吸収も小さくなります。もしかしたら黒鉛なども使えるかもしれません。
また重量削減という点において共通する点としては
- 核燃料の高濃縮化
- プルトニウム燃料利用
が挙げられます。核燃料は濃縮度を上げる事で臨界に必要な炉心の大きさを小さくできます。しかし濃縮度を上げて小型化した原子炉では単位容積あたりの熱エネルギーが大きくなるために原子炉を冷却し、熱を外部へ輸送するための冷却材には少ない流量でも冷却性能の高いものを使用しなければなりません。
また温度変化が極端な宇宙空間という環境を考えると冷却材に水を使用するのは難しく、ナトリウムやナトリウム・カリウム合金、リチウム等といった流体金属冷却が適しています。これらの冷却材は炉心の中性子を無駄に吸収してしまわないよう、中性子の吸収も少ないものを選択する必要があります。また高速炉の場合には中性子を減速させにくいという性質も重要になります。
地上の高速炉の冷却材として鉛も注目されていますが、密度が高く重量が重くなるためその利用は難しいと考えられます。
プルトニウム燃料の利用については、これまで開発・研究されてきた宇宙用原子炉はすべて高濃縮ウランを利用していましたが、これを核分裂性プルトニウムを多く含むプルトニウム燃料に置き換える事が考えられます。
プルトニウムはウランと比較して高速中性子に対する核分裂反応断面積の大きさや核分裂で生じる中性子の平均数の多さなどから臨界質量が小さくなっています。そのため高速炉を選択した場合、プルトニウム燃料を用いる事で原子炉を小型軽量化できるかと思います。その場合、ウラン燃料を用いた熱中性子炉よりも小型化できる可能性もあります。
寿命と信頼性
宇宙に飛ばした探査機は基本的に修理や核燃料交換などができませんから、非常に長期間、安定して運転ができる信頼性の高い原子炉が望まれます。
熱中性子炉においては反応が進むにつれて核燃料中に核分裂で生まれた核分裂生成物がたまり、このうちキセノンやサマリウムなどは中性子を吸収しやすく、原子炉の出力を低下させる原因にもなります。
そのため燃焼に伴って反応度が低下してしまわないように、燃料棒の余剰反応度をある程度確保する必要があります。
また原子炉を何らかの理由で停止させてしまった場合、このキセノンなどの影響によって原子炉は再起動に数日を要してしまいます。
高速炉の場合は核分裂生成物による影響が小さく、余剰反応度は小さくて済みます。燃料の高い燃焼度も実現できるので、高速炉は核燃料の臨界量は熱中性子炉より大きくても、長期間運転のために臨界量以上に搭載しなければならない核燃料は少なくて済むかもしれません。
- 核分裂生成物による反応度低下が少ない
- 余剰反応度が小さく済み、燃焼度も高い。
=長期間安定して原子炉を運転できる。
という点において高速炉は宇宙炉として扱いやすいのではないでしょうか。熱中性子炉も核燃料が少なくて済むメリットはありますが、宇宙空間で長期間運用するという点では高速炉に軍配が上がるかと思います。