核兵器用トリチウムの生産
核兵器とトリチウム
現代の核兵器においては、核分裂連鎖反応だけではなく核融合反応も併用したものが多く利用されています。ウラン又はプルトニウムの核分裂反応による熱エネルギーによって重水素とトリチウムの核融合反応(D-T反応)を発生させると、熱エネルギーと共に高速中性子が発生します。このときの高速中性子を利用してウランやプルトニウムの核分裂反応を促進させる「ブースト型核分裂兵器」の他、核分裂で生じた中性子を重水素化リチウム(LiD)に照射してリチウムをトリチウムへと核変換し、そのトリチウムと重水素を核融合させる事で莫大なエネルギーを生じさせる「熱核兵器(水素爆弾)」が挙げられます。前者は核分裂が主体で、核融合の利用は小規模かつ補助的であるのに対し、後者は大規模な核融合反応を起こすことでより大きなエネルギーを生み出しています。構造としては、「ブースト型核分裂兵器」では核融合燃料が原子爆弾に組み込まれているのに対し、「熱核兵器」では原子爆弾の傍に核融合燃料(及びその原料)が配置されているという違いがあります。そのため両者は組み合わせて利用することができ、核分裂と核融合を上手く組み合わせることで小型かつ莫大な破壊力を持つ核兵器を作り出すことができます。
熱核兵器では核融合に必要なトリチウムを、起爆する瞬間にリチウムから核変換によって生み出していますが、ブースト型核分裂兵器ではトリチウムそのものがガスの状態で充填されています。核融合燃料のうち、重水素は海水中など自然界にも存在している上、放射性崩壊を起こさない(放射性物質ではない)安定した物質です。それに対してトリチウムは自然界にほとんど存在せず(宇宙からの放射線によって大気中で多少生成される程度 )、半減期が約12.3年の放射性物質です。これはつまり、12年ちょっと放置しておいたら、最初にあった量の半分の量になってしまうということです。この半減期12年というのは、同じ放射性物質であるウランやプルトニウムと比較しても非常に短い時間です。つまり核兵器を製造して置いておいたら、ウランやプルトニウムはまだ大丈夫でも、トリチウムの存在がネックになってしまうということです。
トリチウムが崩壊するとヘリウム3という物質に変化します。このヘリウム3は放射性物質ではないものの、中性子を吸収しやすいという特徴があります。つまり核兵器に充填したトリチウムが、ヘリウム3に変化したまま放置しておくと、いざ使用した時にウランやプルトニウムの核分裂反応に必要な中性子の一部を奪ってしまうのです。そうなると核爆発の威力を増強させるどころか弱めてしまうのです。
核兵器は製造してすぐ使用されるということは基本的にありません。何年も何十年もミサイルや爆弾の弾頭として搭載された状態で配備され、待機状態にされるのが一般的です。そのため、定期的にトリチウムを補充するというメンテナンスが必要になります。核兵器は起爆する際に、中空状態のウランやプルトニウムで作られた球体(ピット)の中心部にトリチウムを充填しますが、そこに充填したままだとガスを抜き取ったりするのが難しくなります。そのためトリチウムは外部のガスリザーバと呼ばれる小さなボンベのようなものに充填しておき、起爆する時にピット内部へ注入するという方式が一般的です。
また、核兵器では起爆する際に核分裂連鎖反応を最初に開始させる中性子を発生させる「イニシエータ」と呼ばれる装置が内蔵されています。これはトリチウムを吸蔵した合金に重水素イオンを小型の静電加速器で衝突させて核融合反応を引き起こし、その際に生じる高速中性子を起爆に利用するというものです。このイニシエータにもトリチウムが使用されているため、定期的な交換が必要となります。
トリチウムの作り方
トリチウムを生産するための原料としてはリチウムが用いられます。リチウムといえばパソコンや携帯電話のリチウムイオンバッテリーでも用いられていますが、このリチウムの原子核に中性子を吸収させると、核反応によってトリチウムを生み出すことができます。自然界のリチウムには、多くを占めるリチウム7(7Li)と、一部を占めるリチウム6(6Li)が存在しており、どちらも中性子を吸収させることでトリチウムを生成できますが、以下のような違いがあります。
- 6Li + n → 4He + T + 4.78MeV…①
- 7Li + n → 4He + T + n - 2.47MeV…②
※Li=リチウム n=中性子 He=ヘリウム T=トリチウム
②の反応では中性子を吸収しつつ、核反応で新たな中性子も生み出しますが、この反応は高いエネルギーの中性子を吸収した際に引き起こされやすいという特徴があるため、低いエネルギーの中性子(熱中性子)を用いる原子炉においては、あまり効率的ではありません。それに対して①の反応は低いエネルギーの中性子でも引き起こされやすいというメリットがあります。しかしリチウム6はリチウム7よりも天然に存在する割合が少ないので、その割合を人工的に操作して増やす「濃縮」を行う必要があります。
軍事用核物質の生産用原子炉
こうした核兵器に用いられるトリチウムは、アメリカの場合はサバンナリバーサイト(SRS)等での製造が行われていました。これには核兵器に用いられる「兵器級プルトニウム」の生産(ウラン238に原子炉内で中性子を照射して、高い純度のプルトニウム239を作り出すこと)を目的とした原子炉で、トリチウムも同時に生産されるといった事が行われていました。このようにエネルギーではなく、核物質の生産を主な目的とする原子炉のことを「生産炉(Production Reactor)」と呼んだりします。こうした原子炉は原子炉で核燃料の燃焼度を低く抑えるために、核燃料の交換を頻繁に行っています。核燃料の燃焼度が高くなる、つまり核燃料を長い期間にわたって原子炉の中に装荷したままにしておくと、厄介な「プルトニウム240」の生成量が増えてしまいます。これは核兵器として起爆する際に威力を大幅に下げてしまう「過早爆発(Fizzle)」の原因になります。またそれを分離して取り除くことはとても難しいため、原子炉での中性子照射は一定以下に抑える必要があるのです。また、この核燃料にウラン235の割合を増加させた濃縮ウランを使用すると、プルトニウム239の原料となるウラン238の割合が少し減ってしまいますし、濃縮の工程が増えるぶんコストも増えてしまいます。そのため、ウランを濃縮しない、つまり天然ウランのままで核燃料として利用が可能な黒鉛炉や重水炉などが生産炉に用いられています。
普通の水を用いる軽水炉では、核分裂で発生した中性子を原子炉内の水がある程度吸収してしまうため、ウランを少し濃縮した低濃縮ウランを利用する必要があります。黒鉛炉や重水炉では、核分裂で生じた中性子の速度を落とし、核分裂の連鎖反応を起こしやすくする「減速材」と、原子炉の炉心を冷やすための「冷却材」がそれぞれ独立して存在させることができます。そのため、原子炉内の核燃料は、一部の核燃料を出し入れしたいときには原子炉全体を停止させる必要がなく、原子炉を運転した状態のまま集合体ごとに出し入れができるという構造にすることができます。
核軍縮による同位体製造への影響
冷戦が終結した後では、核兵器の保有量を削減しようといった流れも加速し、核爆発を伴う核実験の禁止や、配備されている核兵器の廃棄などが行われました。また、その流れて軍事用の核物質を生産する原子炉の廃止なども行われることになりました。そのため新たにウランやプルトニウムといった核分裂性物質が大規模に生産されることはなくなり、現在の核兵器に用いられているウランやプルトニウムは交換されたりすることもなく、かなり昔に作られたもののままです。それに関しては今でも十分にちゃんと機能するのかどうかの試験や研究も幅広く行われるようになり、安全性などの面で特に大きな問題は無いということがわかっています。放射性物質としてのウランやプルトニウムの半減期は長く、そのため時間経過に伴う性質の変化もゆっくりとしたものになりますが、トリチウムは半減期は約12.3年と非常に短いため、こればかりは新たに生産を行って定期的に補充を行わなければなりません。
そしてこうした核軍縮による生産炉廃止の影響は、核戦力の維持だけでなく、その他の物質の生産にも影響することになってしまいました。例えばNASAの深宇宙探査機や火星探査車などに用いられる原子力電池用の「プルトニウム238」や、低温実験で用いられる「ヘリウム3」などが挙げられます。プルトニウム238は半減期が約84年でアルファ崩壊を引き起こす同位体であり、その発熱を利用して、半導体のゼーベック効果による温度差発電ができます。このプルトニウム238は単離されたネプツニウム237を親物質(原料)としており、これを原子炉に装荷することで生産を行っていました。しかし、サバンナリバーサイトでの原子炉の廃止などの影響により、プルトニウム238の生産が滞ってしまうという事態になってしまいました。そのため代替手段として、オークリッジ国立研究所の「HFIR」や、アイダホ国立研究所の「ATR」といった高い中性子フラックスを持つ研究用原子炉が利用されることになりましたが、どうしても大型の生産炉と比べるとその生産量は少なくなってしまいます。
「ヘリウム3」は、ヘリウムの安定同位体ですが自然界にはほとんど存在しません。このヘリウム3は非常に低い温度を作り出す「希釈冷凍機」などの特殊な冷凍機等にも用いられています。高性能な望遠鏡では非常に暗い星の光を捉えるため、ノイズを極限まで抑え込むためにセンサーを極低温に冷却したりすることがあるほか、超伝導や物性に関する研究を行う低温物理実験にも用いられているものです。他には中性子検出器にも用いられています。ヘリウム3は中性子を吸収しやすいという特徴があり、核反応によってトリチウムと陽子へと変化します。このトリチウムや陽子による電離作用によって発生する電流を観測することで中性子を計測することができるというわけです。こうした用途に用いられるヘリウム3は、生産されたトリチウムを「寝かしておく」ことで、ベータ崩壊によって時間とともに生成されてくることになります。しかしその元となるトリチウムの生産炉で生産が終了したことでヘリウム3の供給量が少なくなり、価格が10倍以上にも高騰しました。
トリチウム生産の「民間委託」
核兵器の維持管理のために定期的にトリチウムが必要であるにも関わらず、トリチウムを生産するのに適した原子炉が廃止されてしまっているという状況であるため、代わりの方法として民間の原子力発電所の原子炉でトリチウムの生産が行われるようになりました。テネシー州のワッツバー原子力発電所などで実施されています。
燃料集合体に「TPBAR(Tritium Producing Burnable Absorber Rods)」と呼ばれるリチウム・アルミニウム合金のペレットをジルカロイの棒に封入したものを装荷し、トリチウムを生成するという方式が取られています。リチウム・アルミニウム合金は熱伝導性が良く、誘導放射能も少なく、原子炉から取り出した後は加熱溶解処理をすればトリチウムを単体で取り出せるというメリットがあります。ここで使用されるリチウムは、リチウム6を濃縮したものを使用しています。