核セキュリティの概要とシステム

核物質防護

核物質防護(PP:Physical Protection)とはその名の通り、核物質が奪取されたり不正利用されたりすることの無いよう、厳重に保護することを指します。核物質は不慮の事故などによる漏洩を想定し、それを防ぐように安全対策が施された環境で利用されるものですが、必ずしもそれが全て人為的な盗難や不正利用に対しても有効であるとは限りません。

例えば核物質を適正に管理するための封印も、あくまでも核不拡散を目的とした査察時の検認を簡単にするための手段であり、意図的な破壊や盗難に対してその痕跡はしっかり残すことができるものの、未然に直接防止する手段とはなり得ません。そのため核物質防護としては、核物質を貯蔵する建物への接近を困難にし、盗取などを防ぐための手段として考えられています。

核セキュリティのうち、核物質防護については、「核物質防護条約」、「IAEA(国際原子力機関)によるガイドライン」、「二国間原子力協定」といった国際的な条約のほか、「原子炉等規制法」 といった国内の法規として定められています。

国内外の取り決め

国際取り決め 1. 核物質防護条約
2. IAEAガイドライン「核物質防護に関する勧告」
3. 二国間原子力協定
国内法規
(原子炉等規制法)
原子力施設や、核物質の国内輸送時に必要な措置を規定

「核物質防護条約」は、核物質の国際輸送時の防護対策や核物質を用いた犯罪に対して処罰などを規定しています。

核物質防護のためのIAEAのガイドラインにおいては、「設計基礎脅威(DBT)の導入」、「核物質防護検査制度の導入」、「核物質防護に関する機密保護制度の制定」が、核物質防護対策強化の方策として考えられています。

二国間原子力協定は、核物質の輸入を認める条件として、核物質防護を約束するという協定です。

設計基礎脅威(DBT)の導入

「設計基礎脅威(DBT:Design Basis Threat)」とは、原子力発電所などにおけるセキュリティ装置などの核物質防護に必要なシステムを設計する際に、脅威として想定されるものを指します。国際的なテロの脅威度や治安情勢などを元に、国によって作成されます。原子力発電所などを保有する事業者側は、この設計基礎脅威を元に、現実として存在しうる脅威を把握し、効果的な対策を検討することができます。

設計基礎脅威としては、どのような人間を敵と考えるか、その人数は何人か、警備システムを突破する戦術は何か、そして核物質防護システムに関する知識や襲撃に要する時間はどれくらいか、保有している武器や兵器は何か、といった事が考慮されます。

また考えられる攻撃の目的も、対象となる原子力施設の種類によって異なります。例えば施設の機器の破壊による放射性物質の放出が目的とされる場合、「妨害破壊行為防止」という観点から設計基礎脅威が策定されます。核物質の盗取などが目的とされる場合、「不法移転防止」という観点となります。設計基礎脅威を考える際に、その対象となるプルトニウムや高濃縮ウランといった物質は「DBT対象物質」とされます。原子力発電所に存在している核物質は強い放射能を持つ使用済み核燃料等の形で存在しており、盗取は困難であるため、そうした前提を元に考えられる攻撃としては直接環境中に放射性物質を放出させるという選択肢が有力になります。一方で核燃料再処理施設や、MOX(ウラン・プルトニウム混合酸化物)燃料工場においては核物質を単体で取り扱いやすい状態で取り扱う工程があるため、核兵器転用などを目的に盗取される恐れがあるためです。

核物質防護検査制度の導入

原子力発電所などにおける安全規制については、事業者が安全(セイフティ)確保のための「保安規定」を定め、定期的に国の機関がその状況をチェックする「保安検査」の体制が整えられています。一方でセキュリティに関する保安規制については、「核物質防護規定」を定めることが規定されていることに加え、それが有効に実施されているかどうかを国が検査によって確認できるようにすることが求められています。

事業者が設定した核物質の防護措置が、国が設定した「最低要求基準」を満たしているかどうかを書面や現場で確認する「防護基準適合性検査」、設計基礎脅威に対して、十分な遅延時間(侵入等に要する時間稼ぎ)を確保しているかどうかを確認する「タイムライン評価」、定期的に実施される侵入者等に対する訓練を行って防護措置の改善などに役立てる「実証訓練評価」などが核物質防護検査として行われます。

核物質防護に関する機密保護制度の制定

IAEAが技術指針として秘密情報とすべき内容については、設計基礎脅威のほか、施設の図面や見取り図・配置図、核物質が保管されている場所や量、侵入を検知するためのセキュリティ機器の配線や電源、警報装置のレイアウトなどが挙げられています。これらは、不法に開示された場合に、核物質や原子力施設の防護に影響が出る恐れがある情報と規定されています。その他、日本国内では「原子炉等規制法」においても管理すべき情報が分類されています。

核物質防護秘密の種類と範囲

脅威情報 DBT関連情報
防護情報 防護設備情報 施設固有の情報、警報・監視・通信システムの情報
防護運用情報 防護・警備に関する情報や、その評価情報
施設情報 防護対象情報 標的となる物質の所在場所・在庫量等

こうした守秘義務対象者となるのは、規制を行う機関や治安当局の職員をはじめ、事業者や警備会社、設備の設計・施工業者、維持管理を行う会社などとなります。こうした守秘義務の設定は、核物質防護の上で重要となりますが、一方で原子力に関する情報公開を積極的に行うべきであるとの考え方から、対象となる秘密の範囲は必要最小限に留めるべきとされています。

核物質防護システム

原子力施設に対する外部からの侵入者などに対し、侵入を早期に検知・通報すると共に、核物質が存在する最も重要な「枢要区域」に到達するまでの遅延時間を確保するための防護措置を「核物質防護システム」と呼びます。遅延時間とはつまり時間稼ぎであり、侵入にかかる時間を増大させることを目的としています。

侵入者を検知したり、監視を行うためのカメラやセンサーが用いられるほか、出入り口にも許可された人や車両のみが入れるようにするチェック体制が整えられています。

建物自体も壁や扉が容易に破壊されないよう、強固な構造で造られています。異常事態が発生した場合でも、その異常をできるだけ早く探知し、関係各所への迅速な連絡が実施され、適切に対応できるようにされています。

原子力施設の核物質防護システム

原子力施設の核物質防護システム

周辺監視区域

周辺監視区域ではセンサーや監視カメラなどの、敵対者の侵入を早期に探知できる装置が設置されています。

周辺防護区域

許可の無い人間や車両が簡単に突破できないフェンスなどで施設周辺を取り囲むなどして、侵入に対する遅延時間を確保するほか、周辺監視区域と同様にセンサーや監視カメラによる監視も行います。また侵入者などの有無を確認するための見張りや警備を行う人員の配置も行われます。

防護区域

防護区域として指定される区域内は強固な壁や強化扉などで守られ、侵入を困難にしています。

枢要区域

核物質が存在する最も重要な区域です。侵入者がここに到達することが無いように、前述の様々な措置が取られます。
このように核物質防護には、取り扱う核物質の種類や量に応じて、複数の監視カメラや接触センサーなどを用いた監視手段が用いられますが、さらに複数の警備員の配置や、突破困難なゲートの設置、磁気カードなどによる職員の認証なども行われます。これらはそれぞれの施設において実施されますが、具体的な内容や詳細な部分については基本的に公表されているものではありません。

核物質の区分と「魅力度」

核物質はその種類と量によって防護に必要な区分が設定されています。これはそれぞれの核物質を不正利用しようとした時に「どれくらい魅力的か」が重要視されます。例えば核兵器に必要な核物質としてウランを取得しようとした時、濃縮度が高ければ高いほど核兵器への転用に向いているため、その魅力度が高いとされます。核物質の魅力度が高いほど、少ない量でもその防護上の区分は高く設定されます。

こうした核物質の区分に応じて、原子力施設における必要な防護措置が決められています。

核物質の魅力度と防護上の区分

区分I 区分II 区分III
プルトニウム 2kg以上 2kg未満、500g超 500g以下、15g超
濃縮ウラン 20%以上 5kg以上 5kg未満、1kg超 1kg以下、15g超
10~20% 10kg以上 10kg未満、1kg超
10%未満 10kg以上
ウラン233 2kg以上 2kg未満、500g超 500g以下、15g超

情報セキュリティと核セキュリティ

原子力施設で考慮スべき脅威は様々なものが考えられますが、イランのナタンズ核施設のウラン濃縮施設においては2010年にスタックスネットと呼ばれるコンピューターウイルスにより、遠心分離機の異常な運転が行われ、一部が破壊されるという自体に陥りました。

スタックスネットは遠心分離機の制御を行うコンピューターに感染すると、遠心分離機の制御を行うPLCを攻撃します。その後、PLCがモーターの回転数の制御を行うための周波数制御装置が遠心分離機の回転数を短時間で大幅に変化させ続けます。

このため遠心分離機のモーターに大きな負荷がかかり続けることになり、結果的に全体の10パーセントの遠心分離機が損傷したとされています。この時、中央制御室においては監視装置の表示に異常であることを表示させず、正常な状態であると偽装させ続けるという事まで行われました。

こうした例は稀であり、施設で使用されている機器や制御システムがどういったものであるかといった事が予め綿密に調べられている必要があります。原子力施設では様々な機器の制御にコンピューターが利用されているため、これらに対するサイバー攻撃を防ぐためには、情報セキュリティという観点だけではなく、どのような機器が使用されているかといった内部の具体的な情報も慎重に管理される必要があるのです。

原子力施設のコンピューターやそのネットワークは、セキュリティ上の観点から、重要なものは外部のインターネット等から独立した状態で存在してはいますが、USBメモリなどを介したウイルスの侵入によって大きな被害が発生することがあります。

原子力施設と核物質防護

原子力発電所

原子力発電所では、原子炉だけではなく、使用済み燃料を貯蔵するプールなどに核燃料が存在しているため、これらに対する攻撃を十分に防ぐことのできるよう、厳重なセキュリティが求められています。例えば、原子力発電所の敷地においては監視カメラが設置されているほか、背の高いフェンスによって囲われているなどして外部からの侵入を防ぐ取り組みが行われています。

原子力発電所には原子炉や使用済み燃料プールのある原子炉建屋の他に、発電に必要なタービンや発電機、そして廃棄物を保管する建物や、発電所の制御を行う中央制御室などがありますが、核物質の存在する防護区域への立ち入りにはIDカードによる認証などが行われ、人の出入りが綿密に記録されています。

研究用原子炉と低濃縮化計画(REPTR)

試験研究用の原子炉(研究炉)で使用されている核燃料には、核分裂性のウラン235の割合が大きい高濃縮ウラン燃料や、同様にプルトニウム239の割合が大きいプルトニウム燃料が使用されている場合があります。これは原子炉の炉心の体積に対して出力密度を高くすることができるため、中性子の束密度(フラックス)を高くできます。研究炉では中性子の照射等を主な目的としている場合が多いため、高濃縮ウランなどが積極的に使用されてきました。

しかし高濃縮ウランは核兵器への転用が容易であるため、盗取を目的とする場合にも魅力的な核物質だといえます。そのため、それらをできるだけ仮想敵にとって「魅力的ではない核物質」ものにしておく必要があります。

研究用原子炉では様々な実験を行ったり、放射性物質の生産を行ったりしていますが、使用している核燃料を高濃縮ウランから低濃縮ウランに替えると、核物質防護上は安全性が増しますが、そのまま単純に濃縮度を炉心にする核分裂性物質の量が減ってしまうことになります。

そうなれば核燃料や原子炉の設計を変更する必要が生じたり、原子炉の性能が低下してしまい、様々な実験などに影響が出る場合があります。そのため、ウランのうち核分裂しやすいウラン235の割合を示す濃縮度は減らしつつも、核燃料全体に存在するウラン全体の割合を示す重金属密度を上げる工夫がなされています。

ウラン密度が低かった従来のウラン・アルミニウム(U-Al)合金燃料に対して、その三倍程度のウラン密度を持つアルミナイド(UAlx)燃料やシリサイド(U3Si2)燃料が開発されたことによって、低濃縮ウランであっても大きな設計変更を行うことなく、従来通りの性能を発揮することができます。しかしシリサイド燃料はウラン密度が高いものの、再処理が難しいという問題があり、これを克服できるようウラン・モリブデン合金燃料も研究されています。

研究用原子炉の核燃料とウラン密度
核燃料の種類 ウラン密度
ウラン・アルミニウム(U-Al)合金燃料 0.75g/cm3
アルミナイド(UAlx)燃料 2.3g/cm3
シリサイド(U3Si2)燃料 4.8g/cm3
ウラン・モリブデン(U-Mo)合金燃料 6~7g/cm3

臨界実験装置

臨界実験装置(Critical Assembly)とは、原子炉の開発や核燃料の特性を研究する際に用いられる非常に出力の小さい特殊な原子炉です。臨界実験装置では新型の原子炉を開発する際に役立つデータを取得しやすいよう、炉心をさまざまな設計に変更しやすいように工夫されています。核燃料の交換が容易で、複数の模擬物質と組み合わせる事で様々な原子炉を模擬することができます。出力が非常に低いために取り扱いが容易で、発熱量も小さい事から冷却システムにも水などは用いず、空冷ファンを用いた空気冷却が主に利用されています。

臨界実験装置で用いられる核燃料は他の模擬物質と組み合わせることを目的として、一般的な原子力発電所の軽水炉などで用いられるセラミック状に焼き固められた酸化物燃料といった形態ではなく、アルミニウム等の合金とした金属燃料として利用される場合があります。金属燃料は酸化物燃料と比較すると再処理による核物質の単離がしやすいという特徴があり、盗取された場合に核兵器へと転用されやすい恐れもあります。

さらに、臨界実験装置は発熱量が小さい事から、必然的に使用した核燃料が持つ放射能もそれほど強くなく、接近が容易であるという特徴があります。そのため臨界実験装置に用いられる核燃料は、核物質防護上の脅威となる仮想敵にとって、非常に魅力的なものとして捉えられる可能性が大きいのです。

そのため臨界実験装置に用いられている核燃料は、特に厳重に取り扱う必要があり、周辺での監視体制を強化するなどの対策が取られています。

再処理施設やウラン濃縮施設

使用済み燃料のリサイクル等を行う再処理施設や、原子力発電所用の核燃料の濃縮を行うウラン濃縮施設などは、核物質を取り扱う施設の中でも「バルク施設」と呼ばれるものに分類されます。これは原子力発電所などが核燃料を、燃料集合体ごとの単位で取扱うために「数えられる」事に対し、再処理施設では核燃料を液体に溶解させたり、粉末として取り扱うために数える事ができず、どうしても核物質を「計る」ことで管理する必要がある施設であるということです。こうしたバルク施設では、核不拡散の観点から厳しい計量管理体制が敷かれています。

核物質の輸送体制

監視体制や警備体制が確保された原子力施設と異なり、輸送時においては陸上・海上共に核物質への接近が比較的容易であるため、セキュリティの観点から輸送の日時や経路、警備体制などに関する情報は適切に管理される必要があります。

日本においては、1992年に実施されたMOX燃料の海上輸送の際、輸送経路の脅威分析結果を反映し、海上保安庁の大型の巡視船「しきしま」による護衛が行われた事もあります。

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